理研の抗生物質研究室は、住木諭介先生(1953-1962)、鈴木三郎先生(1962-1978)、磯野清先生(1978-1992)、そして長田(1992-2015)の4人の主任研究員によって主宰された歴史ある研究室です。特に、現在でも世界中で使用されている抗真菌農薬「ポリオキシン」の発見は研究室の輝かしい成果の1つです。
2015年に抗生物質研究室はクローズしましたが、抗生物質研究、ケミカルバイオロジー研究は化合物リソース開発研究ユニットに継承されています。本ユニットでは、これまでに構築した下記の基盤を用い、表現型あるいは標的志向型のスクリーニングを実施し、第2、第3のポリオキシンの発見を目指しています。
最近では、人工知能や遺伝子変異株コレクション、カイコを使った抗真菌活性評価系などの技術を導入して、医農薬の開発に資する新規抗真菌剤の探索を進めています。
細胞のかたちは非常に豊かな情報量をもっていて、優れた観察者であれば新しい生物活性に気づくことができます。しかし、観察者の主観に左右されてしまう欠点もあります。細胞を撮像して自動的に画像処理するイメージング機器は市販されるようになったので、あとは、いかに効率的に目的の効果をもった化合物を選び出すかが課題になっています。私たちは人工知能AIに膨大な画像データと職人的なノウハウを学習させた画像判別モデルを構築し、NPDepoの化合物ライブラリーや微生物エキスから新しい作用機序をもった抗真菌剤の探索研究を進めています。
カンジダのゲノム解読株SC5314を親株とした約5,000種のヘテロ接合体変異株のコレクションDBCがメルク社によって構築され、カンジダ研究に欠かせないツールになっています(PLoS Pathog, 2007)。薬剤はその標的分子の遺伝子量が減ると、薬剤に対する感受性が増加すること(ハプロ不全)が知られています。従って、DBCの中から超感受性になる遺伝子変異株をゲノムワイドに探索すれば、薬剤の作用機序を予測することができます。私たちは、トロント大のCowen教授、メルク社と共同研究契約を締結し、このリソースを使ってスクリーニングで見つかった抗真菌物質の作用機序解析を進めています。
カイコを利用した細菌・真菌感染モデルが帝京大の関水教授らによって確立されています(Microbe Pathog, 2002)。カイコは哺乳動物(マウス)と比較して飼育が容易でコストが安く、倫理的な問題が少ないことが利点に挙げられます。またヒトと相同な遺伝子を数多く持っているため体内動態が似ており、マウスを利用した動物実験の代替モデルとして近年注目を浴びています。私たちもカイコを購入し、スクリーニングで見つかったヒットサンプルのin vivoでの薬効を自前で評価しています。
細胞の形態変化を指標にイネいもち病菌に対する抗真菌物質を微生物エキスから探索し、放線菌Streptomyces sp. Y015-A001株が強力な活性物質を生産していることを見出しました。また活性物質の単離精製および構造解析を行い、新規26員環マクロライド化合物YO-001Aを発見しました。
メラニン生合成を阻害する農薬(MBI-D)はイネいもち病に対して優れた効果を示していましたが、耐性菌が生じたために防除に使えなくなっていました。MBI-D耐性菌は、イネいもち病菌のシタロン脱水酵素(SDH1)の75番目のバリンがメチオニンに置換されるV75M変異により生じることが分かっていました。我々は化合物アレイにより、SDH1のV75M変異酵素を強力に阻害できる化合物を探索し、MBI-D耐性菌を防除可能な化合物「メラビオスチン」を創製しました。
J Agric Food Chem, 70(10): 3109-3116 (2022)